批判することについて思うこと

当ホームページでは、マンガの内容についてのアンケートがあります。
18歳以上の方、マンガを読んだら是非感想を書き込んでくださいね。
と、宣伝は置いといて。以下のことは当ページに付いてではなく
一般論として申しております。


世の中ではいろいろな人がいろいろなことに対して批判しています。
個人のホームページなんかは特にそうで、掲示板では日夜熱い議論が
交わされていたりします。
私も良くそう言うのをROMったりしています。書き込んだことは
ありません。
議論に対してちょっと意見を持つこともあるのですが、入っていくのも
恥ずかしいというか大変というか面倒というかでなかなか書き込めない
ものです。
ある批判に対する反論として、批判された方がいやなら見るな、と言う
ものがあります。
これは確かに正しいことですが、見なければすべて済むという物では
ありませんね。
では、批判者はなぜ批判をするのでしょう。

1.理性的な立場。議論が好き。
自分はどちらかというと反対側の意見を持っている。
しかしどちらが正しいとは一概には決められず、理性的な議論を経て
自分の立場をより固めたい、あるいは自分の反対の意見を知ることに
より違う視点を身につけたい、自分の意見は一つの立場に凝り固まった
物ではなかったか、再確認したい。
議論にうち勝つのが目的ではなく、相手の意見がより適当と思われれば
自分の意見を変えることも可とする。

まあこういう見識を持っている人は大抵が弁舌の立つ剛の者なので
そう簡単にうち負かされて意見を翻すというさまは滅多に見ないのですが、
その議論は極めて理性的で建設的ですね。
この立場で反対意見を述べてうるさい、いやなら見るなと言われたら
悲しいですね。
ただし、
何でも良いから議論をふっかけてうち負かすのが大好き
と言う方は自分の意見をガンとして曲げないのでいい加減にしてくれと
言いたくなる気持ちもわかりますが。

2.同情的な立場、教師的立場
対象に対してある程度認めているが欠点が目に付く。欠点を修正して
よりしっかりした意見をもってほしい。
発言者の成長を促すための批判です。
大抵が発言者の論理的矛盾、事実誤認等の間違いの指摘による批判になります。

これに対していやなら見るなといったら発言者の見識を疑いますね。
ただし、これは導いてやろうという優しい気持ちではなく自分の知識を
ひけらかして相手の揚げ足を取ってあざ笑いたいという気持ちからでも
同じような批判になります。

さて、この辺の意見からの批判はたいていの場合発言者にとって歓迎すべき
物でしょう。これらの批判を受け付けない人は自分は絶対に正しいと信じ、
一切の批判は受け付けないと言う何ともすさまじい人になるでしょう。
しかし、批判者の立場は大抵が以下の場合ではないでしょうか。

3.本当に対立的な立場の場合
こんな間違った考えを持ってかわいそうに。俺が修正してやろう。
こんな意見がこの世の中に存在するなんて許せん。つぶしてやる。

さて、こういう批判者がやってくると意見の場は泥沼化し時として
罵詈雑言が飛び交います。特に下の方は嵐になったりするから
始末が悪いですね。
1と何が違うか。それは自分の意見を変える気があるかどうか
が一番大きいですね。
書き込むことで、自分の意見がうち負かされて意見を翻す気持ちが
あるかどうかによって相手の意見を聞くかどうかが変わります。

まあ以上のようにいろいろな立場があって、それぞれ平和的だったり
暴力的だったり建設的だったり不毛だったりしますが、対立意見を
書き込むことはなにがしかの意味があったりします。

人はいつだって自分を肯定されることを求めています。
だから、対立意見を述べている人より、同じ意見を述べている
人に対して、自分が普段思っているけど言葉にできないことを
言ってくれたと感謝と尊敬の念をもって書き込むこともいいですが、
反対意見だからこそ見る価値もあるし書き込む意味もあるかもしれません。
だから、批判(ないしは非難)するくらいなら見るな、
と言う意見は正しいけれど間違っていると思います。
そもそも関心がなければ批判なんかしないんですから。


まあ当ホームページに対する意見は手厳しい意見であっても
受け付けております。
内容についての批判はもちろん、絵柄や画力についての
批判であっても構いません。まあ言われたからすぐ直る物では
ないですし直す気もないかもしれないですが。
18禁マンガそのものが嫌いな人に見てもらいたいとは思いませんが、
嫌いなのに無理して読んでくれた人が居たら感想が文句でも聞きたい
です。

<back>