8.

意外にも、気をとられたのは奴のほうだった。
一瞬、無粋な侵入者に向けて意識をとばした。
キン……
終わりはあまりにあっけなく訪れた。
刀は奴の痛みきった奴のナイフを切断し、胴を切断した。
「あ………」
ずる……どさ。
さっきまで華麗に待っていた少年が、がっくりと崩れ落ちる。
あまりにも……もろい。
「……やっぱり…こんな物か」
ごふ……
春日は口から血を吹き出した。
「僕は、みそっかすだった……何の力も持たずに生まれ
……それでも時波であるというだけで、僕は強くあらねば
ならなかった……」
ポト……
春日の目からは、涙がこぼれた。
「ああ………千年の怨敵によって…僕は解放されたのか……」
そして、春日は死んだ。
わからない。なぜ勝てたのか。
ただ、春日は戦いの中で死ぬために、戦っていたのかもしれない。
何の根拠もなくそう思った。
入ってきたのは零未、紫乃、輪音だった。
「日沖」
「手強かった」
俺はぶっきらぼうにそう言った。
「こいつは時波春日と名乗った」
「時波……。でも、あの怪物みたいな奴と戦って、この屋上が耐えられる
はずがないわ」
「こいつの能力は動きの早さ、だったのかもしれない。もし四人で戦っていたら、
負けていただろう」
死体を処分し、帰途についた。


翌日、学校に行ってみると、妙な気配は嘘のように消えていた。
あの時波春日が、あの気配を一人で出していたというのか?
……そうとも思えないのだが。
「あ……桐谷先輩…」
そう言って輪音が学生服を持ってくる。
「ああ、ありがとう」
「その…お詫びに、今日のお昼、おごらせてください」
「いや、悪いよ」
「いえ、ぜひ」
「そう?そう言うことなら」
そして輪音は帰っていく。
「ひ、日沖〜〜!き、貴様、一体いつ一年生美少女No1、太田輪音ちゃん
とお近づきになったというのだあああ!」
「なんだ貴様は」
輪音は目立つ存在だったのか。そう言えば輪音と一緒にいると周囲から
よく見られると思った。特に深刻な殺意がないので放っておいたが、あれは
嫉妬の目か。
……もしかして俺はうらやましい男なのか?
何だかんだで紫乃と零未と輪音と一緒に昼食をとっていると、
周囲の視線は三倍増だった。
その中には殺意のこもった視線もあるような気がする。全く紛らわしい。
「じゃあ今日は輪音と一緒に帰るから」
「わかったわ」
そう言って、一足先に帰る。
輪音は宗祇という異能力者の家系の娘を母に持つ。宗祇は退魔師の家系だ。
肉体を持たない念に対抗する力を持つ退魔の血統は、玖能が喉から手がでるほど
欲しかった物だ。それを持って生まれてきた輪音は玖能にとって期待の新星と
言える。
新星、というだけあって、輪音はまだ戦った経験がない。
初仕事で時波のような怪物を相手にするのははなはだ不安だが、
潜在能力的には時波とも戦える可能性を秘めているのが輪音だ。
この戦いにはずすことはできない人材かもしれない。
とはいえ、あくまでも輪音は未熟。我々で守ってあげなければならない。
「……日沖さん」
輪音が突然神妙な声を出した。
「霊でもいたか?」
「……わかりません……でも、たぶん……」
たちの悪い。しかし、そう言うのを感じられることこそが輪音の強みだ。
「じゃあ、いこうか」
獅子咬も手元にある。そして俺たちはデートのついでのように、そこに踏み込んだ。
そこは、魔界だった。霊感の無いはずの俺ですら感じられる、あまりにも濃密な障気。
「なんだ、これは……」
「います!」
ばっ、と、飛び出してくる瞬間には死の気配をかぎ取っていた。
しかし……
何だ、こいつ……死がない!
ずば……
両断した。しかし、それで死んでいないことは明白だった。
「ふふふ……」
それは、羽織袴姿の女。
「死がない、なんて、亡霊か…?」
既に死んでいるとしか考えられない。
「ふふふふふ……!」
女だった。
「何だ……貴様」
「ご挨拶ね。あなたが私たちを狩りまくっているから、わざわざ黄泉から
でてきてあげたのに」
「時波か…!」
「そう。時波聡子」
だ……
女は飛びかかってきた。
俺は斬りかかる。
まただ。死の気配がない。
ざく……
あっさり両断し、女の腕はかすりもしない。
それでも、両断された体はすり抜ける様に後方に消え、無傷の女が現れた。
「本当に亡霊か?」
しかし。だがしかし。
「運のない奴だ。俺一人なら勝てなかったかもしれないのに」
輪音の初対戦の相手として、これほど打ってつけの相手があるか。
「散!」
輪音が裂帛の気合いを発する。
それと同時に、女の姿は四散した。
「やる…」
「まだです」
「へえ…おもしろい。退魔師の娘か。……」
また、女の体は何事もなかったようにそこにある。
なんだこれは…幻術なのか?
だが、奴が俺たちに対して攻撃力を持っていることは、俺にとっては明白だった。
どうすれば殺せる?
思考を張り巡らす。しかし、どうやっても殺しようがない。
「なんだよ…こいつ」
戦闘力は弱い。しかし、倒せないのか?
「オン…」
ぼう………
輪音の腕が光る。そして、光芒がきらめいた。
「不死能力です」
「え…?」
「この人は不死身です」
「死なないって言うのか?」
「とにかく、肉体をこちらの次元に顕現させなければなりません。
はあっ」
ずがあああ……
「ふふ…愚かな。この私の霊化を解くなんて。これでおまえ達、
死ぬわよ」
女は濃い実体を持って現れた。
「そうか、自分の身を隠す能力か」
そういう能力も、ある。紫乃の空間転移能力と似たような物か。
それを解かれた今……奴の身に、死の予知が……死の予知が……
無かった。
「なんだ、と……」
だん…女は飛びかかってくる。
さっきまでとは比べ物にならない、圧倒的なスピード。
しかし、これまでの時波二人と比べれば遅い。
俺はかわしざま両断した。
さっきまでのかするような手応えとは訳が違う、肉も骨も断つ
必殺の手応え。
それでも。これが致命傷にならないなんてことがあるのか…?
右肩から左脇腹まで袈裟切りにされた女の体は血を吹き出した。
この血はまずい。
直感した俺は全力で飛びすさった。
体を両断され血をまき散らす女……その流血が、ぴたりと止まった。
「いた…いわねえ…」
ずる……ずずず……
地面を引きずりながら、血が引いていく。そして、女の切断面に吸い込まれ
ていく。
「な……あ……」ぶずずずず……
肉と肉がはりつき……女の体は元通りになった。
切断面には肉が引きつったような跡が残っているが。
「くふふ……嬉しいわ………こんな生きのいいオトコは久しぶり」
俺は斬りかかった。死の予知を感じないまま。
奴の体は相当の防御力を持っているはずだが、この獅子咬の前では関係ない。
野菜を切る様にまっぷたつに切る。
返す刀で十字に切る。
そして返り血を避けて飛び退く。
並の人外であれば絶命するそれの攻撃も、奴にとっては何の痛痒も感じないのか。
また、あふれ出る血がずるずると体内に引きずり込まれ、元通りの形に戻った。
「なんなんだ…きさまは……」
驚愕する。そして、俺には奴を殺す手段がないことを悟った。
それは、死の予知が全くしない時点で感じていたのだが。
俺の攻撃は強化した刀による斬撃以外の何もない。
だが、俺には無理でも圧倒的な攻撃力で押しつぶすことができれば
奴を殺すことは可能なはずだ。
「とにかく、俺が足止めする。とどめは頼むぞ、輪音」
「は、はい…」
女と再度ぶつかる。今度は簡単には切らない。奴の攻撃を受け流し、隙を待つ。
そして、隙を見つけ手足を切断する。
「いまだ!」
復活するまではタイムラグがある。その隙に、
「炎よ、敵を討て!」
ずがあああ……
女の上半身が吹っ飛んだ。
これでも、復活するのか…?
それは、感じていた。奴には少しも死の気配が近づいていないのだから。
ここにいたらやばい。
俺は輪音を抱きかかえ上空に逃げた。
その直後、四散した奴の肉体が集まってきて、一つの形となる。
あの肉片に取り込まれたら、死ぬ。
四散させるのはデメリットが大きい。
「ふふ…ふふふ……」
女は、体のほとんどを復元したが、右腕だけは左手に持っていた
そして、それを投げる。右手は意志を持った獣のように襲いかかってきた。
いや、確かに意志を持っているのか。
切ってはだめだ。そのまま飛んでくる。俺は剣を平らにして殴り、地面にたたき落とした。
その上から、女本体が飛びかかってくる。
俺は手持ちの飛糸を一気に打ち出す。
そして、四肢(一つ失っているのが)と頭を後ろの壁に縫いつけた。
「輪音!」
「ひ、光よ…我が力となりて、悪しき者を討ち滅ぼせ!灰に帰れ!」
清浄な光が女を包む。
「ぐあ…あああ……あああああああ……!!!」
女の体が溶けていく。そして、気化してゆく。
やった、これは……
女が消え去る、そんな未来が見える。
「いけるぞ、輪音!」
「はああ………!!」
だが、その未来は急速に弱まってきた。
輪音の未熟な精神力では、今の大技を奴が消滅するまで一気に繰り出すのは
不可能ということか。
「いい、少し休め」
休憩して再度繰り出せば良い。やっと勝ち目が見えた。

「はあ、はあ…」
女は…既に女の原形をとどめていない。
骨と皮と肉片のこびりついた姿。
「このまま、うごくなよ…」
ずる…
しかし、骨と皮だけになった奴の体は、ずるりと飛糸から離れた。
「ち……!」
俺は飛びかかる。しかし、それより速く、奴は跳躍した。そして、一目散に
逃げ出していく。
「くそ、まずい…!」
紫乃と零未はまだ来ないのか…俺は必死に追いすがる。奴が向かっているのは……
人通りだと!? 馬鹿な、あんな格好で人目に触れる気か…
飛糸を使い切るのではなかった。
……!
バタフライナイフがあった。
俺はそれを投擲し、奴の心臓に突き立てる。
そしてスピードの緩んだ奴に追いつく………。
そこで裏通りが切れた。
ここは表通りだ。人間が見ている。
髑髏と化した女と、真剣を持った俺を。
一瞬ひるんだ隙に、女はその人間に襲いかかった。
「ち…」
ざん……
体を両断するが、それで止まる奴ではない。上半身だけになった時波聡子奴は、
そのまま人間の女に抱きついた。
「やめろ…」
最後まで言葉を発することはできなかった。俺の喉を手が押さえた。
なんだこの手は…さっき叩き落とした奴の腕だ。
手を引きはがそうとすると、今度は奴の下半身がしがみついてくる。
ええい気持ち悪いっ
俺は剣を振るってそれを引きはがした。しかし、すでに女は人間の女を殺し、
…そして、同化している最中だった。
「な…なんてばけものだ……」
人間の女はありふれた中年の女だったが、既に、その顔はあの女…時波聡子の
物になっていた。
「ぐは……はは……あははははああ……!」
女は狂ったように笑う。
こっちこそ狂いそうだ。
「おのれ!」
斬りかかる。しかし女は素早くかわしていた。
既に全身はぶくぶくとした肉片が見え、妖怪と化している。
自ら腕を引きちぎると、空中を飛んでいた腕と融合した。
そして骨の下半身を口に含むと、そのままずるずると飲み込み出す。
「うっげえ…」
吐き気を催しつつ、斬りかかる。
しかし女は既に元の体型に戻っていた。敏捷な動きで剣を交わす。
まずい、あまりの常軌を逸した敵に、動揺している。
鼓動が激しく、息が上がっている。生理的嫌悪感に、ふるえそうだ。
「はは…はあっははは……あなたも、私と一つになりたい……?」
女はぞっとするほど優しい声を出した。
「な…!」
既に俺は全く冷静さをかいていた。
後先考えずに斬りかかる。しかし、剣が届く前に。女は自らの首を俺の
バタフライナイフで刎ねた。
切り裂いてから飛びのく。そのルーチンワークが既に染み付いていた。
その前に放たれた返り血。
死ぬ、そう感じたのはいつも通り。しかし、それへの対応が一瞬遅れた。
そのときはもう手遅れで、俺は奴の首から飛び散る血を浴びていた。
「しまっ……」
ずる…
強力な万力、重力がそこにあるような力で俺の体が引きずられた。
「うあ…あああ…!」
刀を手放してしまう。
「いらっしゃい…ひとつになりましょう……」
「うあ…あああ…ああああああ…!!!」
奴の腕に絡みとられて、飲み込まれていく。
奴の体はすべてが消化器官だった。
やけどするような痛みが全身に走った。
「あああ………」
……死ぬ……
高まり行く死の気配に、それだけでも死にそうだった。
だがそのとき……
「清浄なる光よ、大いなる力よ……悪しき気を払い賜え!」
これは……輪音が放つ光。
突然それ以上の苦痛はしなくなった。
「ぐ…あああ……」
女が呻く。口から出ている声ではない。どこかから音を発している。
そして、呻いている。
ずるり……
俺は解放された。
助かった、というのが正直な感想だ。この清浄な光を浴びていると
体が癒される気がする。……気のせいではない。本当に癒されている。
敵には攻撃を、味方には治癒を、一度の能力の解放で二つのことが
同時にできるとは、本当にこれは退魔の力か?
「……ごふ…っ」
輪音は突如口から血を吐いた。
「輪音!」
あわてて駆け寄る。やはり無理だったのか、輪音の小さい体で、これほどの
超能力を操ると言うことは。
それでも輪音は立ったまま、力の放出を続けている。
時波聡子は苦しみつつ、防御結界を張っている。
これは長引きそうだ。輪音に倒しきれるか?倒せたとして、無事ですむのか。
……どちらが死に近いかは……極めてわずかな差だった。

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