4.

「獅子咬をもってきてくれ」
それだけ言う。
そして走る。
空間を圧解させ、螺旋を描く腕をふるう。
ミリ秒単位でタイミングを間違えば即死。
そういう絶望的な空気の中、逃げ続ける。
最後の飛糸で飛び上がったとき、それが投げ入れられた。
「獅子咬!」
俺は投げ入れられた刀を手に取った。
空中で鞘を抜き払い、鞘を地面についてさらに後方に跳躍する。
そして、俺とヤツは20mほどの距離を置いて対峙した。

見える。
獅子咬は玖能が千年かけて鍛え上げた強化の力を持つ刀だ。
これなら奴が切れる。
「は……わかるか、貴様」
俺は奴に話しかける。
「死の予知が見えたと言うことは……」
刀を構えて一歩踏み出す。
「貴様はもう詰まれてるんだよ」
そして突進した。
考えない。
この獅子咬をもってしても奴にかすり傷以上の傷を負わせることは
困難だということも、奴の攻撃が圧倒的な早さを持ち、受ければ即致命傷
だということも。
どんな細い糸のような道でも、そこに道があれば必ずたどってみせる。
奴は少し意外そうな顔をした。
それまで逃げまどうだけだった獲物が、刀を一本持っただけでつっこんできたのだ。
しかしその動きは奴にとってはあまりに遅い。
奴にとっては殺すまでの時間が短くなっただけにしか思わなかっただろう。
俺は神速で刀を振るう。
奴はそれ以上の速度で刀に手をのばし、つかもうとする。
つかんでしまえばそれをへし折るのも、折らずに奪い取るのも思いのままだ。
だが、ここだ。
ぎりぎりのタイミング、
全く、万に一つの誤差も許されない絶対のタイミングで、
俺は刀を引いた。

す…
そしてそれは成功した。一瞬早ければ、刀はただ奴の手をすり抜けてしまい、
ただ奴の間合いの中に入ってしまったという致命的な事態を招く。
一瞬遅ければ奴の手により刀をへし折られ、俺は武器を失う。
だが成功した。俺の刃はせまり来る奴の右手に綺麗に重なり、何ら抵抗無く
奴の親指を切り落とした。

奴は一瞬動きを止め、右手に自らが受けたダメージを測った。
それはほんの一瞬のことだった。ダメージを受けたらそれが自分にとって
致命的かどうか測るのは戦士としておかしいことではない。
だが、この俺を前にそんな隙を見せるのが大間違いだと言うことに、
奴は気づいていなかった。

奴の右手親指を切り落とし、半瞬おいて、奴が自分のダメージを認識した刹那、
すでに切っ先は奴を捕らえていた。
ざくっ
刀が奴に右目に突き刺さった。
「ぐう……!」
奴がうめき声を上げる。それも時間のロス。無駄な行動だ。
その隙が俺を奴の右側、死角に回りこませる。
そこから刀を連続で繰り出した。

かすれば即死というパワーはみじんも衰えてはいない。だがその精密さは
はっきりと衰えていた。
どうすれば奴が死ぬか。それを辿るための万に一つの細い糸が、
今やはっきりとした道になっていた
めくら滅法に振り乱す死の腕。
しかしそんなものに当たる間抜けではない。
もう安全に回るだけの扇風機と同じだ。
奴の皮膚にうっすらと傷を付けていく。
俺の攻撃は着実に当たり、奴の攻撃はことごとく空を切った。
空間の圧壊の力も、発動するためには腕を尽きだして拳を握らなければ
ならない。
この近距離でそんな悠長なことをさせるはずもない。
幾多の攻撃で足の腱を切断し、倒れ込んだところで左目もつぶした。
「どこが敗因か知りたいか? 俺が……この獅子咬を持った時点で、
逃げなかったことだな」
「ば………ばけもの…め……」
ざしゅ……
すでに力の大部分を失っていたのか。
首に向けて振り下ろした俺の刀は奴の防御を貫通しのどをえぐった。
ひゅうう……
奴ののどから空気が漏れる。
返す刀で同じ位置を再び切る。
ざん……
奴の首が飛んだ。

「すごい……こんな怪物を倒すなんて」
姿を現したとき、さすがの紫乃も驚愕していた。
こいつが時波だったのか。
であって欲しいと思う。
こいつに対しては強がりを言ったが、勝てたのは万に一つの奇跡だった。
いかに死の予知を感じていようとそれを実現するのは俺の腕。
1ミリもずれればそれまでだったのだから。
未だかつて戦ったことの無いような強敵だった。
いまだに心臓が鷲掴みにされたいやな感じが残っている。
もう死の予知は去ったというのに、あまりに強烈な死の予知を
感じ続けたせいで体の機能がおかしくなった気がする。
「こんなに死に近づいたのは初めてだった」
今になってふるえが来る。時波とはこれほどの怪物だったのか。
こんなのが後3匹も潜んでいるのか。
せめてこいつが最強の怪物だったと思いたいものだ。
……


玖能の家に援軍を要請しようかとも思うが、先ほどの化け物が本当に時波の手の者
だったのかどうかは名前を確認したわけではないので不明である。
はっきりしているのは、ただとてつもなく強い奴と交戦したと言うだけだ。
しかしこんな怪物が時波以外にいるならそれこそ一大事だ。
それだけでも援軍を呼ぶのに十分な理由があると思うが……援軍を呼びたくない
理由はもう一つ。援軍を呼んだところで徒に玖能の死者を増やすことになるだけではないか
と思うことだ。
はっきり言えば零未と紫乃と輪音にも帰ってもらいたいくらいだ。
彼女らは俺のように、自分に降りかかる凶刃を無差別にすべてかわすことなどできないのだから。
紫乃の影移……影に隠れて空間を転移する技を用い、気付かれないように四人で集合した。
俺はその通りのことを口に出す。
「ふざけないで! 時波がそんなに強いのなら、一層あなた一人で戦えるわけがないでしょう!」
零未が怒鳴る。
紫乃と輪音はとりあえず黙っている。
「私はこの間の怪物を見たけれど、確かに、私一人であんな相手と戦えといわれても全く不可能
だわ。……でも、あなたの盾になることぐらいはできる。あるいは犠牲になって足止めするとか」
「……」
「とにかく、私たちは何もしないで帰るわけにもいかない。これからの私たちの任務はとにかく
日沖を守ること。あの怪物が時波なら、放っておいても残りの時波がやってくるでしょう。
……輪音が隠れているのも、もう意味はないわね」
「じゃあ、あたしも学校で会って良い?」
輪音がのんきに可愛らしい童顔を緩ませる。
「良いんじゃないかしら」
「わかった。帰れとは言わない。とにかく、俺の指示に従って動いてくれ」
「わかったわ」
「はーい」
「……ええ」
学校にでている暇もない、そう考えるが、もはや隠密は意味がない。
目立っておとりになるためにも、堂々と学校に向かう。
「おーーーっす日沖!」
スカ
がらがらどっしゃーん…!
「か、かわすな!」
「ふん、そう何度も何度もやられる俺と思うなよ」
適当な軽口をたたきながらも生田を見る。
「…ち、し、失敗したぜ…」
軽口を叩きながら、生田はどこと無く、俺の雰囲気が変わったことを感じ取ったのかも知れない。

そう、変わったのだ。もう学校ごっこは終わりだ。
この学校には何かがある。俺たちと同じ異形の気配。
それが、一体どこから来るのか……これが四人が一月以上も探っていながら
わからないのだ。
だが、身を隠すことをやめた以上、探しようはいくらでもある。
そのうち一つ、最も確実な物がこれだ。
俺は生田に向けて死の予知を使った。即座に襲いかかり、
首をはねるイメージ。
生田は死ぬ。間違いなく、容易に。
この男は人外ではない。俺はふ、と気を押さえた。
「ひ、ひお…き…?」
「ん?どうした?」
「あ………ああ……い、いや……なんでも…」
生田の顔は青ざめ、冷や汗をかいていた。
悪いことをした。だが、これ以上俺のそばにいれば傷つける結果になる。
時波が人質など取るとは思えない。そんなことをしても玖能が見殺しに
するということはあまりにも明白なのだから。
しかし、もっと馬鹿な小物であればわからない。そうなれば、生田は見たくない
物を見るだろう。
「大丈夫? 生田君。足打った?」
零未が優しく声をかける。
「え?いやっはっは、大丈夫、大丈夫」
生田は引きつりながら立ち上がり、だんだんと落ち着いてきたようだ。
ぶしつけな殺気をぶつけて申し訳ないが、俺は、俺たちの身近にいる者を
一番に疑っている。もし、時波がこの学校に潜入しているのなら、
俺たちに接触してこないはずがないと思っていた。それがどのような形の
接触かはわからないが、俺たちを常に監視できる形であるのは間違いない。
「おはよっ日沖」
「お、おはよう」
「……ああ、おはよう」
郁美と穂積……この二人に、俺の真の顔を見せるのは気が引ける。
もし俺が普通の家に生まれて、普通に暮らしていれば、俺はいつも
こんな風に馬鹿なことをしていられたのだろうか。
イメージする。
そして、イメージの中で、確実に、俺は二人を殺した。
違う。
それが少し残念だった。
勿論、この二人と戦いたかったわけではない。そういう意味では良かった。
ただ、俺だけが一方的にだましているという事実が心苦しかった。
「な、何?変な目で見て」
「いや………そこにゴキブリが」
「いやあああ!!!」
クラスが騒然となってしまった。
しばらくしていると金田が入ってきた。こいつはどうでも良い。
そしてイメージする。こいつを殺す。
全く簡単だった。
後、俺たちに最も近い人間といえば竹川だろうか。竹川豊。
近いというのも言い過ぎだ。席も近いから何となく話をする程度だ。
生田のお気に入りでよくこづかれている。
おとなしくて気が弱く、よくいじめられているが、その時には生田が
かばっている。
俺も気が向いたときはかばった物だが。
そう言えば竹川がいない。
怪しいかもしれない……。
そうして、竹川の席が空いたまま授業が始まった。
……そして昼休み。
俺は零未と共に学食に向かった。
ここで、輪音と待ち合わせしている。
前を見ると、輪音がよたよたとトレイを抱えて歩いていた。
さて、あまりさりげなく話をするのも妙だ。まあ隠したところでどうかと
思うが、下級生をナンパするキャラクターでもない。
何となく話しかけるきっかけを考えていると、突然輪音がころんだ。
そして、手に持っていたトレイはまっすぐ俺の元に飛んできた。
がしゃーん……!
「ご、ごめんなさあい!!」
輪音のあわてふためいた声。演技ではなさそうだ。
輪音のほうも何となく声をかきそびれて足をもじもじさせていたところ、
もつれて本当に転んだようだ。
「ああ……別に、大丈夫だよ」
「あ、いいえ、そういうわけにも…ぬ、脱いでください。洗濯して
お返しします!」
「あ、い、いいって!」
「いえ、いえっぜひ、是非そうさせてください!私一年B組の太田輪音といいます!」
「お、俺は、3年A組桐谷日沖」
「わかりました、明日、お届けにあがります!」
ばっ
輪音は俺の上着をはぎ取ると、走り出した。
それよりは頭に載ったエビフライを何とかして欲しかった。
はあ…何にせよ良いきっかけになった。
……っとまずい。上着の内ポケットにはナイフが。
あと携帯と財布も。
「うわ、大田さん、待ってくれ! 財布返してくれ!」
俺は走った。死ぬほど注目を集めながら、一年の教室まで押し掛ける羽目になった。
とりあえず落ち着いて、一緒に昼飯を食べる。
「まあとにかくあんまり気にしないで。洗ってくれるならそれで良いから」
「は、はひ…」
輪音は気の抜けた声を出す。
午後の授業は少々寒かったが、まあその程度でへこたれるほど情けない精神力は
持っていない。
そして帰りのホームルーム。今日は帰りは人通りの少ない道を警戒しながら
歩く予定だ。
そのとき、
から……
竹川豊が入ってきた。
「どうした竹川。今更」
「すいません、寝坊しました」
あはは……
みんなに受けた。
俺はその中で、奴を殺そうとした。
そして……
「こいつだ」
なぜ、気づかなかった。…こんな怪物に。

「クシュ…! すいません、上着が無いので風邪を引きそうです…。早退します」
「お、おい桐谷……」
俺は竹川のいる反対の扉から外にでた。
奴はこっちを見ている。
こいつは……誰かを呼んではだめだ。
俺はそのまま玄関に向かった。ロッカーを開け、獅子咬を取り出した。
この近くで、人の目に付かないところ……
この校舎の屋上。
俺はそこに向かった。
屋上の中央まで進んだとき、一人の男が入ってきて、屋上を閉めた。
一見女性にも見える端正な顔立ちと華奢で小柄な体つき……
「貴様……名を名乗れ」
「どうしたんだい?、桐谷日沖君。僕は竹川豊。知っているだろう?」
「なら、竹川豊として、死ね」
俺は獅子咬を抜いた。
竹川、いや、そいつは……まったく動じる様子もなく、にやりと笑うとこう言った。
「君は桐谷日沖として死ぬの?」
ギ……俺は奴を睨み付けた。
「………玖能日沖」
「時波春日」
シュ…
時波春日は、ふと気がつくと、手にサバイバルナイフを持っていた。
瞬間、交錯する。
きいいん……
二つの武器が高い音を立てる。獅子咬を受けて切れないとは、金属やセラミックではない。
ダイヤモンドを超える硬度を持つ、新超硬度相カーボンプレート製のナイフ!
なんてこったブルジョアめ。
人類の英知は玖能千年の妄執を込めた刃を上回るものを生み出していた。

奴は軽やかに舞い、武器を繰り出す。その角度は非直線的な、通常ではあり得ない
起動を描いて向かってきた。
いかにあり得ない起動であっても、それが致命的な物である限り、知覚できる。
しかし、それが避けられるかどうかは別だ。
俺はかすり傷を負った。
俺は刀を繰り出す。しかし、刀が到達する前に奴の攻撃の第二波が繰り出される。
速い。
ほとんど目に見えない瞬速の斬撃を、
迫り来る死の予知だけを頼りにかわす。
そして、奴の死に向けて刀を繰り出す。
しかし、そこに奴の死は無かった。
奴の死を求めて刀の軌道を変えるも、既に奴の第三撃が繰り出されていた。
刀を引いて、両手で構え、盾とする。
キンっ
軽い音を立て、奴は軽く10mほど後方に飛びすさり、そこに立った。
刹那のやりとりであった。
いま、俺は刀を繰り出すまもなく、三度の攻撃を受けた。
なんたる速さ。刀よりナイフのほうが早い。刀身の短さ、軽さからくる
取り回しの早さから、それは当然だ。しかし、俺は生まれてこの方、刀を
振るってきたのだ。常人の動態視力など歯牙にもかけぬ速度で刀を振るえる。
しかしそんなことは問題ではない。

―俺の体力は常人の数倍以上。人外としてはさほど強い方ではない。
だが、自分の十倍速い敵が相手でも勝つ自信がある。
前回の怪物は十倍以上速かったから苦戦したが。
まず、死の予知によって、敵が行動を開始する前に敵の行動を知ることができること。
そして、敵が行動を開始するより速く、俺は行動を開始できるからだ。
いざ行動すればそいつは俺の十倍速く動ける。
しかし、動くと決めてから動き出すまでの時間。それは運動能力に関係ない。
反射速度のみの勝負だ。その速度は俺は未だかつて誰にも負けたことがない。
俺が自慢とするその脊椎反射の早さ、それを奴は凌駕しているのだ。
背中をいやな汗が流れる。恐怖。
前回の怪物と戦ったときよりもさらに絶望的な恐怖が、俺を被っていた。
「さすが、地雷兄さんを倒した技」
春日は軽く笑った。
俺は刀を短く持った。右手鍔のぎりぎりを持ち、左手を刀身に添える。
そして低く構える。最小の動きで攻撃にも防御にも移れるように。
先ほどの怪物は地雷と言ったか。同じ時波でも、奴とは違う。
春日の死はあちこちに見える。そこに斬りつけることが可能なら、倒せる。
俺は走った。瞬時に距離を詰め、そこにある奴の死に刀を突く。
そこから奴は消えた。次の瞬間、首の頸動脈、必殺の位置にナイフが飛ぶ。
きん…
即座に身を翻して弾いた。
空中に浮いた奴の姿に今度こそと必殺の突きを入れる。
きいん……!
刀の先端とナイフの先端を合わせ、奴は刀を弾いた。そしてすかさず着地し、
わずかに体勢を崩した俺めがけて手を伸ばす。
奴の関節はあり得ない角度で曲がる。それが、目を惑わせて攻撃を捕らえられなく
する。俺は視覚を一切無視し、ただ死の予知のみをはじき返した。
「ははっ!おもしろい!」
春日は笑っていた。どこがだ。こんな一瞬で終わる死の遊技が、おもしろいというのか。
この狂人め。
だが、俺もふと気づいた。自分の頬がゆがんでいることに。
魂が凍る戦慄の恐怖に、狂喜する野獣が俺の中にいたのか。
「かはっ」
口を開けば笑い声が漏れた。
そりゃそうだ。こんな死の嵐の中、まともな感覚でいられるはずがない。
今はただ狂って、死を巻き起こす二つの暴風となりはてるしかないだろう。
そして、耐え難く苦しい、狂喜の時間が過ぎていく。
がちゃ……
そのとき、扉が開いた。

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