2.

俺は武装を確認する。左ポケットにはバタフライナイフ。デパートで買った
ちょっと高級な代物で、切れ味は良い。
もう一つは、飛糸という玖能特性の武器。指先の開いた手袋だが、甲に
仕掛けがある。。
指の付け根に鋼鉄の棘がついている。指を特定の角度に動かすことにより、
スイッチが入り、強力なバネでその棘を弾丸並の速度で打ち出す。
これを直接敵にぶつけることもできるが、棘には人間の100倍以上の体重を
支えられる最新素材のワイヤーが結びつけられている。伸ばしたワイヤーは、
今度は強力なモーターで高速に引っ込めることができる。
つまりこれを使えば、壁などを利用して三次元的に動き回ることが可能なのだ。

飛糸を両手にはめると、右ポケットに手をつっこみ、携帯のボタンを
画面を見ずに操作する。
一番上に登録されている番号にコールする。
敵を見つけたというコール……。
これは決まり事だ。仮に俺が殺されたとしても、音が繋がっていれば
仲間がその時の様子を把握することができる。
これで準備はできた。

そして俺は足早に近づく。
そいつは脇道にそれた。迎え撃つ気か。
おもしろい。
大股で後に続く。この先は袋小路だ。人は来ない。
逃げるにしては最悪だが、迎え撃つには最適だ。
バタフライナイフの刃を出し、握る。
その角を曲がれば袋小路。
その時。

来る。
俺の脳裏に、未来の光景が浮かんだ。
強力な衝撃波によって壁面が砕け散り、その衝撃波が俺をも
粉々に粉砕する光景が。
飛糸を一本斜め上方に飛ばし、壁に打ち込まれた瞬間から
コンマ1秒も空けずに急速に巻き取る。
ドゴオオオオ……!
俺の元いた場所に……崩壊した壁の破片が降り注いだ音。
もちろん俺はそんな分かり切ったところを見てはいない。
俺は斜め下方を見た。
若い男の姿。さっき見つけた男……人外の男!
ダン!
飛糸を一本切り離し、壁を蹴って男を急襲する。
常人の数倍の脚力で蹴り出したのだ。
ここから奴の位置までは届く。だが………
俺の心臓が鷲づかみにされるような、恐怖を感じた。
奴の左腕だ。左腕が、やばい。
俺の中で何かが声を上げた。
『死の予知』が。

俺はめまぐるしい勢いで思考を巡らす。
右によけたら、左によけたら、下によけたら、さらに上によけたら、
あるいは前に、あるいは後ろに、ありとあらゆる可能性を考える。
ほんの一瞬が、永遠に思えるほどに、圧倒的な集中力で俺は思考を巡らせ続けた。
そして、知った。
この戦いがどうなるかを。
男は左腕を動かした。敵は逃げ場のない空中にいる。
奴はその特殊能力である必殺の一撃、衝撃破を放った。

いつも思う。シナリオのわかった物語をもう一度読まなければならないというのは
実にばかばかしくつまらないことだ。
だが、役者はシナリオがわかっていても演じなければならない。
音楽家は楽譜の通りに演奏しなければならない。
殺し手も同じだ。
後はミス無く忠実に、台本通りに演じるだけだ。

奴が衝撃破を発する前に、俺は既に左右に飛糸を放っていた。まずは左側の飛糸を巻き取り、
奴の右側によける。
奴は衝撃破が再び外れたことを認識し、すぐに左腕の照準を合わせる。俺の進行方向の
先、飛糸を打ち込んだ壁の位置に。
なかなか正確な狙いであるが、奴が衝撃破を撃つ一瞬前には俺は既に右側の飛糸を巻き取り、
移動していた。
はずれた衝撃破が壁を粉砕する。その轟音と破片のせいか、今度は奴は一瞬俺を見失う。
俺は再度反対側の壁を蹴ると、まっすぐ奴に突進した。
奴はそれに気付いて、慌てて左手をこちらに向けようとする。
だが、もう無駄だ。
既に俺の間合いだ。
どうすればこの男が死ぬか。
どうすればこの男は戦闘能力を失うか。
もうわかっている。
俺は腕を伸ばし、バタフライナイフに力を込めて男の左腕を肩から切断した。
「!」
それでもう男は戦うすべを失った。
もはや俺が死ぬことはない。
俺の書いた台本はこれで終わりだった。

俺の人外としての特殊能力……『死の予知』
俺は死を予知できる。特に自分の死を。自分がある行動を起こした結果、
命に関わる結果に繋がるかどうかを、行動を起こす前に知ることができる。
無論、何もしないことも行動の一つだから、単純に危機が迫ったことを
認識することもできる。
だから俺はこのように戦う。
右に行ったら死ぬ。
左に行ったら大丈夫。でもすぐ死の危険にさらされる。
でも右にちょっと行ってすぐ左に行ったら死の危険がしばらく遠ざかる。
敵の首を切れば殺せるので大丈夫。
敵の足を切り落としたらまだ死の危険にさらされている。
敵の手首を切り落としたらまだ死の危険。
敵の左腕を肩から切り落とせば大丈夫。
そのような取捨択一を繰り返してストーリーを組み立てるのが、俺の戦いだった。


俺は勢いを殺さずに男にそのまま体当たりし、突き倒すと頭を踏みつけた。
「ぐああ…う…あ……」
左腕を失った男がうめいた。
「名前は」
俺はそう言いつつ、男の持ち物を奪った。
ナップサックには身分証が入っている。
七木学園二年、山本夏夫。
「本名は何という?……まあ、匿名で死にたければ言わなくても構わないが」
「う……わかった、言う………殺さないでくれ……」
人外の中でも一族を持たない者達は、自己の生存を最優先とするため、
拷問などに非常に弱い。この男の大人しい態度からして、フリーの人外である
ことは明らかだった。
はずれかも知れない。だが、明らかに好戦的だった。何か知っているはずだ。
「羽引……康也だ」
「羽引」
古い一族の一つだ。人間に紛れて細々と生きている……
「いくつか質問に答えてくれたら命は助けよう。なぜここにきた」
「………」
多少はマシなようだ。しかし……
「ふう。じゃあ素直になるようにもうすこしプレゼントをしようか……」
俺は呪符をとりだして、念を込めた。
ボ………
「………呪印……!」
「呪印を知っているか。なら話が早い。はあ!」
俺は男の腹に左手を押し当てた。
「うぐうう………!」
男がうめく。男の腹には白い玖能の呪印がしっかりと押下された。
呪印とは、人外の者の能力を遠距離に送り届けるための道具。相手がどこにいるのかを
知ることもできる。
たとえば、こいつが呪印を使えばいつでもどこでもその相手に衝撃破を
たたき込むことができるわけだ。
ちなみに俺の能力は、直接攻撃することはできないためほとんど何の意味もない。
こいつが死んだかどうかがわかるだけだ。
だが呪印の効果は言わなければわからない。だから大抵の奴は呪印は恐ろしい物と
勝手に認識してくれるので、十分な脅しになる。
「大人しく正直に答えれば、外してやる。」
「わ、わかった。……呼ばれたんだ…。力を貸して欲しいと。見返りに、上質な
生気をくれると」
「誰に」
「奴は……不上と名乗った」
「不上……」
これも比較的古い一族だ。
「不上のこっちでの仮名は?」
「確か……原嶋と言ったと思うが……」
脳内で学園名簿を急いで検索する。
「原野学園2年3組、原嶋敏也か」
「わからんが、学生の姿をしていた」
「目的は。貴様の役目は」
「敵と……戦うので……仲間になれ、と……」
「なるほど。敵が、玖能だと知っていたのか」
「……ああ……」
「つまり、玖能を相手にしても戦えると思っていた訳か」
「い、いや……し、知らなかった……玖能が……これほどだとは……」
「……」
なるほど。確かに、こいつの能力は並の人外よりは上だ。比較する
相手がろくにいなければ増長してもおかしくない。
聞くべきことは聞いた。
「いいだろう。これから原嶋に確認をとる。これがでたらめだったり、
あるいはこの事を仲間に報告しよう物なら……その呪印の効果を身をもって
知ることになるだろうな」
「ひい……わ、わかった……」
俺にしてみれば取るに足らない小物だ。殺す必要もない。
何しろ時波という大物取りが控えているのだから。
羽引はよろよろと立ち上がると逃げていった。
俺は携帯電話を取り出す。
「聞いていたな」
「2丁目のコーポ城谷、308よ。わたしは父親の会社に。零未は母親の
会社に向かうわ。コーポ城谷はオートロックだから」
涼やかな声が流れてきた。

俺は電話をそのままで、早足でまず近所の花屋、フラワー矢野に向かい、
一番安い鉢植えを用意する。
続けて自宅のマンションに向かう。
変装用具の一つ、フラワー矢野の制服を取り出す。
送り主は近所のデパートにしておく。

さて、2丁目に直行し、308を呼び出す。

8号室。原嶋……
ピンポーン……
インターホンを押す。
ピンポーン……
出てくるか。逃げるか。
「どちら様ですか」
若い男の声。
原嶋敏也本人か。
「今日は、フラワー矢野です。お花のお届けに参りました」
「花……?」
「高田屋様からですね」
「……」
さて、勘がよければ逃げ出すだろう。勘が悪い、もしくは自信家なら、開けるだろう。
開ければ良し。逃げ出したとしても、出てきてくれれば途中で捕まえる自信はある。
ウィン…
後者のどちらかだったようだ。
3階に上がり、インターホンを押す。
しばらくして、男が顔を出す。高校生らしい若い容姿。
俺は男の顔を凝視する。
見事な穏行だ。人外の気配は全くしない。どうやらバカか自信家かでも後者らしい。
しかし、そんな物は俺には通用しない。
俺は思考を巡らす。そして、その男が死から遠い生き物であることを既に知っていた。
「玖能さんからお届け物です」
シュッ…
ナイフを繰り出す。男は水際だった動きで回避行動に入る。
絶命させるわけにも行かない。とりあえず腕を落とさせてもらう……
その時、猛烈に死の気配が高まってきた。
このままでは、死ぬ。だが、奴の手首を切り落とすのは間に合う。
俺は原嶋の手首を切り裂くと後ろに跳躍した。
すぐに飛糸を上に飛ばし、上に移動する。
その瞬間、原嶋家の玄関部分が業火に包まれ消し炭と化した。
「ぐは……く、玖能…!」
俺は業火が収まると、入った瞬間に死ぬかどうかを確認して室内に滑り込む。

「不上だな」
「おのれ!」
男は全身から熱気を吹き出した。
周囲が揺らめき、プラスチックの家具が溶け出す。熱の能力。
まずいな。近づけない。
俺は飛糸の糸を外し、先端の鉄の重りだけを奴に打ち込んだ。
「!」
ばしゅ……
重りは一瞬で蒸発した。
瞬間最高温度は1万度を超えそうだ。
奴までの距離が近づくほど急激に温度が高まっているのは周囲の家具の溶け具合からわかる。
接近して斬りつけようとすれば焼け死ぬ。
とりあえず5m離れていれば熱いサウナ程度だ。耐えられる。
さっきの1万度防御の射程範囲は相当短いのか、十分に距離を置いていれば
死の気配はない。
だがどうする。近づけなければ攻撃できない。
奴はなぜ近づいてこない。まだ見ぬ俺の能力を測っているのか。
互いに近接戦闘型の能力しか持っていないが、近づく者すべてを焼き尽くす能力と
ナイフで斬りつけるだけの能力では少々こちらが分が悪い。
奴がそれに気付けばすぐさま接近してきて、勝負がつく。
どうする……そう思って観察する。
奴の足下が焦げていない。
そりゃそうか。足下を焦がしたら下に落下してしまう。
ならば。
俺は飛糸を前方に打った。おもりは原嶋の横をすり抜け、水道の蛇口を破壊する。
フシュ……水が噴き出す。
加熱された水が瞬時に水蒸気と化し、湯気と化し周囲を覆い隠した。
「……!」
それと同時に足下をくりぬき、床下に降りる。床下は人が這って進める
ギリギリのスペースがあった。
俺は高速でそこをはい進み、バタフライナイフの刃のみを折って
気を込めて強化する。そして、死の予知で敵の位置を確認する。どこで刃を放てば、
殺せるかを………。
そして、必殺の位置で刃を上に投げた。
……それで終わった。
ゆっくりと上に上がり、ほこりと蜘蛛の巣をはたきながら、
脊椎から脳幹を貫通されて死んだ男を見下ろす。
もう少し弱ければ生かして捕らえられただろうが。
野次馬が集まってくる気配を感じる。仕方ない。ガス爆発で死んだことにしよう。
俺は原嶋の体に火を付けてから窓から脱出した。

母親と父親はどうなっただろう。
ぷるる……
「日沖」
「紫乃か」
用件から入らないと言うことは余裕のある状態らしい。
「原嶋武則、本名亀王武則」
「亀王? 不上じゃないのか?」
「新興の一族のようね。複数の一族が協力しているらしいわ……そして彼は
目的も知っていた。時波が王国を作る。その一員になるために来たそうよ」
「時波の王国……」
そんなトップシークレットをあっさりと聞き出すとはさすがは紫乃。
「時波の陰謀がはっきりしたなら玖能の増援も呼べるな」
ついに事態は急展開を迎えた。
「ところがはっきりはしていないの」
へこ、とずっこける。
「どういうことだ」
「亀王は時波だと思っているけれど、時波の名を聞いてはいないの」
「複雑だな。……亀王からはまだ話を聞けるのか?」
「いいえ。処分されたわ。黒い呪印によって焼かれた」
「黒い呪印。時波と同じだな。確かに時波以外にもそれを使う者はいるが……」
「増援を呼ぶの?」
さてと。
まだ時波と交戦していない。時波が本当に伝説ほど強いかどうかもわからない。
ここに呼ばれている四人は全員、一応玖能で十指に入る使い手達だ。
玖能で十指といえば並の一族なら易々と根絶やしに出来るレベルだ。
その使い手達が交戦もしていない内から助けを呼ぶというのも何とも情けない話だ。
しかし時波が本当に伝説ほども強いのなら俺達四人でも手に余る。
最高の殺し手だが能力自体は低い俺。
最強レベルの能力者だが最強ではない零未。
諜報能力抜群だが戦闘能力はいまいちな紫乃。
潜在能力はぴかいちだが戦闘経験が浅い輪音。
それだけを言えばあまりに心許ない。
「とりあえず様子を見よう。少なくとも一人は倒したい」
「そうね。まだ何もしていないものね」
零未のほうも倒してしまって何も聞き出すことは出来なかったらしい。
はあ。振り出しだ。
しかし、敵のほうには自分たちが攻撃を受けていると言うことがばれて
しまった。
我々もより一層警戒感を強めなければならない。学生ごっこもそろそろ
おしまいだろうな……。

……


ピィィ…!
ホイッスルに合わせてスタートする。
全力で走るわけには行かないが、隣の男より少し遅れるくらい
なら丁度良かろう。
「北野、17秒2、桐谷、17秒3」
ぽか!
突然教師に頭をはたかれた。
「もう一回走れ!手を抜くな馬鹿モン!」
遅すぎたらしい。そう言えば既に体育の授業では運動神経がいい
と言うことで通っていた。北野はお世辞にも運動能力が優れた男では
無かった。
しかし本気で走ったら5秒を切ってしまう。
……まあいい。別の意味で本気を出そう。タイミングを見計らって
行動するのはお手の物だ。その気になれば千分の一秒単位で合わせる
ことだってできる。
12秒で走れば標準より運動神経の良い男子生徒としては適当だろう。
ジャスト12秒なら1.2秒で10mラインに到達すればいい。
「よし、行きます」
「行け!」
ぴっ
走り出す。
集中する。周囲の色が無くなる。音が無くなる。時間がゆっくりと流れる。
1.2秒で10m、2.4秒で20m………
「12秒0!」
お〜
「日沖ー!やる〜!」
女子の方から郁美が声をかけてきた。手を振って答える。
「桐谷、お前陸上部に入る気はないか」
「興味ありません」
俺は女子の方を見てみた。
穂積のほうは息も絶え絶えでそんな余裕はないようだ。
男子は短距離、女子は長距離という授業内容だ。
後ろの方を見ると紫乃がのろのろとお嬢様走りをしていた。
体育の授業は二クラス合同で行われる。うちのクラスと紫乃のクラスで
合同だった。
紫乃は頭はいいが運動音痴という設定らしい。
実際紫乃の運動能力は大したこと無い。それでも人外では、
と言うことであって人間の能力はかるく凌駕している。
あれは遅すぎだ。
見ると本当に辛そうに走っている。
演技だろうか。本当に体調でも悪いのだろうか。
ふら……
その時、紫乃がよろけた。
ふら……
俺の近くに来たとき、トラックの内側に倒れ込む。
「し…桂木さん?」
近くにいた俺は駆け寄ると、紫乃を抱きとめた。
「どうした?」
「良いきっかけでしょう?」
紫乃はそう言って不敵に笑うと、目を閉じて脂汗を流し始めた。
「保健室に連れて行きます」
俺はそう言うと、紫乃を抱きかかえたまま保健室に駆け込んだ。

「上手くやりやがってこのやろう!」
生田が戻ってきた俺をこづく。
「後から有り難うございましたって来ることでも期待してるのか? うん!?」
「来るかよ…」
まあ来るんだろうな。
さて、昼休みになってその通り紫乃は来た。わざとらしくもなく。
「あの、先ほどは申し訳ありませんでした」
「いや、気にしないで良いよ」
「いえ……是非お礼をさせてください」
「お礼ねえ。じゃあ昼飯でもおごってくれる」
「はい、喜んで」
紫乃と連れだって学食に向かう。
「うああ……!」
「なんでじゃあ……!」
男共の絶叫が後ろから聞こえる。

「どうしてわたしの名前を知っていたの?」
「ああ……桂木さん、目立つから」
「そうかしら」
「そうらしいよ」
それに気付いたのはこの学校に来てからだったりする。一緒にいるときは
特に感じなかったのだが、紫乃は相当な美人らしい。あんまりみんながそう言って
いるから俺もそんな気がしてきた。
俺は生き死にの世界で生きている者に美醜など関係ないという意見だが、
技は極めれば美に到達するし、己の殺し方に美学を持っていたりする。
そんな審美眼と紫乃の容姿を眺めることとは別物なのだろうが。
学食で定食を食べつつ、無駄話に花を咲かせる。
紫乃は最近ピアノの練習と文学に精を出しているという。
ブラームスとかサリンジャーとか、何かお嬢様と言えばこれという
テンプレートをこなせるようにしているらしい。
「あんまりにも絵に描いたようなお嬢様だな。もっと遊んだ方がいいぞ」
「そうかしら……じゃあ、いろいろ教えてくださる?」
「いいけど」
ふむ、こうして適度に親密になっておくのは良いかもしれない。
もうそろそろカモフラージュも必要なくなるだろうし。
途中で零未に会った。
零未はなぜ二人が一緒にいるのかと言う感じでにらむ。
「零未」
俺は何気ない風に声をかけた。
「これはB組の零未。俺の双子の妹」
「まあ、そうだったんですか。初めまして。わたしはD組の桂木紫乃と
もうします」
「え、あ、う、初めまして」
「今日は桂木さんと町に行くから。先に帰って良いからな」
「え、あ…わ、わかった」
零未は驚いたようにそう言った。
「てめえこのやろう……!」
生田が憎しみのこもった手で頭をぐりぐりしてくる。
「何のつもり? あんなお嬢様があんたみたいなしょうもない男に
釣り合う分けないでしょ!」
郁美の毒舌もいつもより棘がある。
「じゃあ誰だったら釣り合うんだ」
「え、あ……その……ほ、ほら、あんたみたいな奴の事だって見てる人は……」
「郁美ちゃん、いこ!」
穂積が突然立ち上がって走り去ってしまった。
いつもにも増して奇行が激しいなあ、と思った。

そして放課後、紫乃と校門で待ち合わせて町に繰り出す。
「まずはゲーセンだな」
「はい」
やるのは当然男の格ゲー「ファイナルファイター」。
何のパクリかはしらんがマッチョな男しか出てこないため
人気が無くいつも空いている。
「これが大パンチ、小パンチ。この表通り押すと技が出る」
最低限の操作説明だけだが俺達ならこれで十分だ。
反対側の台に座る。
「Ready GO!」
初めは慣れている俺が秒殺したが、あっさり勝負がついたのはそこまでだった。
反射神経と運動能力は俺のほうが上だが、機械を扱う能力で紫乃は圧倒的に上回る。
何処で打てばいいか、どうすればいいか。
そう言うことが手に取るように読みとれる。リーディング能力に長けているのだ。
命に関係ないレベルでは全く予知が働かない俺とでは格が違う。
しかしゲームというのはそれだけではない。強引なコンボに勝てないこともある。
と言うわけで星は五分だったが、一応6:4位で俺が勝った。
「やっぱりかなわないな」
「そんなこと無いよ。初めてでこれだけ出来れば上出来さ」
周りのギャラリーが妙に引きつった顔をしていたが気にせず出ていく。
その後はクレープ屋でクレープを食べたりファンシーショップを冷やかしたりと
郁美に連れ歩かれているコースに紫乃を連れ歩く。

最後には公園のベンチに二人で座る。
「ふう…楽しい。ありがとう、日沖」
紫乃はそう言った。
名前で呼んだのは演技ではないと言うためだろう。
そばに聞いている人間は一人もいない。
「人間ってすごい物だな」
人間の文化に思いをはせる。
吹けば飛ぶ葦のような力しかないくせに。
だからこそ我ら異能者では到達できない領域にたどり着いたのか。
「そうね」
紫乃は気の無いようにそういう。
それは紫乃が一番よく知っているだろうが。
紫乃の生まれたのは不雀院家といい、やはり古代から続く名門の一家であった。
不雀院は玖能に従属するいくつかの家系の一つとして友好な関係であったが、
不雀院の前当主不雀院当麻はそれをよしとしなかった。
当麻は人間の有力者に近づき、玖能の追い落としをはかった。
玖能は正面から権力闘争はせず、裏から手を回して言うことを聞かせようとした。
裏から、というのは言うまでもなく暗殺業務のことだ。
そして玖能の暗殺者が不雀院の家に侵入し、当主の当麻およびその妻海乃、
重臣四名を殺害した。
そして先代当主である当麻の父、勝間が再び当主になり、玖能により従属する形で和平を
願い出た。孫娘を人質に差し出すことにして。
その人質が紫乃である。
ちなみに暗殺者とは俺のことだ。

「お……のれ……玖能……」
目を見開き、絶命する当麻、俺にすがりつきながら、ゆっくりと崩れ落ち、傍らで
屍となった海乃の隣に横たわった。
そのとき、他人の気配を感じた。
瞬時に跳躍する。そして天井を蹴り、侵入者の背後に飛び降りた。
だがその侵入者はからは死の予知を感じなかった。
「お父様……お母様……」
そのかすかなつぶやきを聞き、その正体を知った。
「不雀院紫乃だな」
コクン、と小さく頷く。
紫乃とその弟、相馬は可能ならば殺さず捕らえるように言われていた。
相馬はまだ5歳程度だからともかく、紫乃は十分な戦闘訓練を受けている
であろう娘だ。殺さず捕らえるのは困難、と判断していた。
だが紫乃は全く俺を攻撃しようと言う気配を見せていなかった。
「なぜ戦わない?俺がおまえを殺す気だったら、とっくに死んでいるぞ」
「でしょうね」
悲しみに打ち震えているはずの娘の声は意外なほど落ち着いていた。
「そんなことをしてもお父様もお母様も還らない。私のすべきことは
二人のために泣くことだわ」
それが紫乃との出会いだった。
俺はそのとき、「そうだな。それがいい」
なんて素っ頓狂なことを言って立ち去ったような気がする。

その後紫乃と出会ったのは玖能の屋敷だ。
紫乃の扱いは地下牢に幽閉状態になるはずだったのだが、俺の口利きで
玖能の実戦部隊に編入した。
紫乃はその後実直に働き、上層部の信頼を得るようになった。
ある時聞いてみたことがある。
「俺が憎くないか」
「憎んだことがないわけではないけれど」
紫乃はそのとき、かすかに笑ってそういった。
「あなたは玖能の暗殺者として当然のことをしただけ。あなたを恨むのは
筋違いだわ」
「じゃあ、玖能を恨まないのか」
「お父様は敵が欲しかったのよ。自分の力を最大限に発揮できる敵が。
それが自分の身を滅ぼすとわかっていても。……そしてその敵に、
玖能を選んだ」
紫乃は不雀院当麻が反乱した理由をこう分析する。
「割り切るつもり」
それは紫乃の本心なのだろうか。
それでもそうする以外に道はないだろう。
「日沖、あなたはどうして私に優しくしてくれるの?」
「え…」
「いつも私のことを気にかけてくれるのはなぜ。両親を殺したという負い目があるの?」
「そうなのかな。…それもあるだろうな。戦うことも殺すこともは好きでやっているが、
誰かに悲しみを残すのはな……」
それもろくでもない話だ。悲しみを残さないと言うことは悲しむ者を皆殺しにすると
言うことなのだから。
しかしたいていの暗殺業務の結果はそうなる。
暗殺といっても人間にばれないようにこっそりとやっているからそう呼んでいるだけで、
異能者の間では玖能が殺していることは秘密でも何でもない。
そして異能者に法律など無い。身内が殺されて悲しければ自らの手で敵を討つのが普通だ。
大抵の者は潜伏して玖能を打倒する機会を待つ。
中には玖能の本拠地に特攻をかける者もいる。(そこまでたどり着ける者はいないが)
このように、異能者を殺したとき、死者を悼みただ悲しむ者が生まれることは極めて稀なのだ
「それ以上に、紫乃のことがただ気になるから、だよ」
「私が?」
「ああ。何か放っておけないんだ」

……


「どうしたの?」
おや、トリップしていたらしい。だいぶ気が抜けているな。
「いや、おまえのことを考えていた」
「……何?口説いているの?」
「ぶっ、口説くってなあ……」
「ふふふ、冗談」
紫乃がにこっと微笑んだ。
魅力的な笑顔だ。
紫乃にあこがれている振りをしていたら、本当に憧れてしまったのだろうか。
恥ずかしい話だ。
「さて、もう行こうか。家まで送っていくよ」
「そうね。お願い」
俺たちはお互いよく知らないふりを再開して、そのまま帰宅した。


それから三日目の夜。
零未が週番のため一人で帰宅途中、妙な気配を感じていた。
来たか。
そう思い、ゆっくりおびき寄せようと……しているうちに
気配は消えた。
はて、俺を知った上で的にかけてきたのか。それとも何かの
気のせいか。人外にねらわれているというほどの気配ではなかった。
それとも俺が本当に玖能の者かどうか試そうとしたのか。
今の行動でばれたとも思えないが。
一応連絡はしておいた方がいいかもしれない。
「日沖?」
「今妙な気配を感じた。少し町を探ってみる」
「…わかったわ。気をつけて」
俺はふらふらと時間をつぶしながら町を探索し続けた。

そしてそろそろ夜中という時間。
少し気が抜け、気のせいだったかと安心してきた頃。
それは起こった。
急速に高まる死の予知。
この空間にいたら死ぬ。
俺は全力で前に飛び出した。
死の予知からすり抜けた瞬間と、俺が元いた空間が圧縮され、
崩壊するのはほぼ同時だった。
直径2m程度の球内に存在したアスファルトやブロック塀が
切り離され、見えない力で円の中心に圧縮されていく。
ともかく、その範囲に入ったら致命的な力だ。
襲撃者がどこにいるのか見極めなければならない。
そう思って体勢を立て直して顔を上げると月明かりの下、
一人の男が目に入った。
長髪。大柄な体躯。筋骨隆々の肉体。
その男は絶望的な空気を身にまとっていた。
その男に死の予知を感じることができ無い。
すなわち、今の俺があらゆる攻撃手段を用いたとしても奴に毛ほどの傷を
与えることもできないと言うことを意味していた。
そんな絶望的な戦いの始まりを、急速な死の予知の高まりが告げた。

その運動能力は俺の10倍を軽く上回る。
その腕は暴風。
かすっただけで致命的だ。
竜巻を巻き起こして疾走する奴の姿はまさしく恐怖の化身であった。
死の予知による先読み。
鍛え上げた反射神経と最小限の動きにより、ミリ単位の誤差も許されないぎりぎりの
タイミングでかわしていく。
こんな攻撃を、後何回かわすことができるのか。
しかもかわしたからと行って先があるわけではない。
殺される前に殺さなければ、先など無いのだ。
7、8回の連続攻撃をかわした後、奴は少し攻撃の手を休めてこちらを見た。
俺の実力をはかっているのか。
俺はその隙に脱兎のごとく逃げ出した。
逃げ切れる物ではない。
それでも少しでも時間を稼がねばならない。
勝機を生むために。
奴が手を伸ばす。
来る。
俺は飛糸を使ってさらに加速して逃げた。
そのすぐ後で、俺の元いた空間が握りつぶされた。
なんて怪物だ。とにかく助けを呼ばなければ。


零未に電話する → 3へ

紫乃に電話する → 4へ