1.

「日沖、CD買いに行くの付き合ってよ」
放課後、本山郁実にそう呼びかけられた。隣には杉田穂積がおどおどしている。
「何で俺が行かなきゃ行けないんだ」
俺はちょっと邪険にそう言う。
どうせ行く羽目になるんだろうな、と思うが、こういうくだらない会話も
楽しいので、俺は適当にごねることにした。
「いいでしょ。女の子二人じゃ不用心じゃない」
「おいおい。いつからここは戦場になったんだ」
戦場にしようとしているお前が何をいうか、と心の中で自己突っ込みしつつ、
「大体CDなどラジオでも聞いていれば必要ないだろ」
「あんたねえ。好きなときに好きな曲を聴きたいと思わない?」
「思わない」
「へいへい。あんたに見たいな変人に常識を解いたのが間違っていました」
「そこまでいうか、この程度のことで」
「ふ、ふ、ふ。おうレディ〜ス」
そこで、金田がにじり寄ってくる。
「良かったら僕のミュ〜ジックル〜ムにこないかい?最新のコンポで
聞かせてあげるよ」
「だから聞くCDを買いにいくんだっつーのに。とことんずれた男ね」
「う、うう……」
金田玉砕。
「じゃあ、俺が付き合うぜ!」
生田が滑り込んできた。
「やかましいからいや」
生田玉砕。
「じゃあ竹川ならいいのか」
「竹川君じゃ女の子三人と変わらないじゃない」
竹川も玉砕か。
「で、消去法で俺かい」
「ええ、あんたは適当に静かだからちょうど良いの」
まあ素直じゃない頼み方だが、来て欲しいと言われるのは嬉しいことだ。
特にこういうくだらないことでは。
俺の日常では来て欲しい言われるのは本気で命がけの事態だからな……
「まあ、郁美お嬢様のご氏名ですからおつきあいしましょうかね」
「うし、じゃあ帰ったら着替えてイチハンの前ね」
イチハンというのは駅前の総合デパートだ。
「なに、帰りに寄るんじゃないのか」
「あんたねえ。遊びに行くのに制服で行く気?」
「CD買いに行くだけだろう」
「ええそうよ」
「まあいいか。確かに制服だと動きにくいからな」
いつ殺し合いが始まるかわからないから、汚れたときの換えくらいは
常備しているが。

放課後、零未と合流して帰る。
「零未、そういや今日クラスの友達とCD買いに行くんだ。
一緒に来ないか」
そう言うと、零未はまた不機嫌そうになった。
「んな暇あると思っているの!?もう半月も手がかりすら…」
「お前なあ。そう任務のことばかり考えていても仕方ないだろう。
ほら、見ろよ。抜けるような青い空。公園では子供達が駆け回り、
おじいさんが昼寝をし、犬が走り回り。こんな平和なんだから
任務の一つや二つうっちゃっておけよ」
「本気で言ってるの?」
「……はあ、とにかくお前硬すぎる。あんまり硬いと浮くぞ。
適度に明るく相手に会わせている方がいいんだ。紫乃なんて上手く
やってるぞ」
「そんなことをして遊んでいる暇があるというの?」
本気で言葉が通じない奴だな……。
「とにかく、いきなり立て続けに転校してきた俺達と紫乃は
少なからず怪しまれているはずだ。もしかしたら俺達に接触してきた
数人の中に時砂の者がいるかもしれない」
「……!」
「そんな気配は全く感じないがな」
「……」
「とにかく、慎重にやる必要がある。俺達は敵の正体がわからないが、
敵はわかっている。そう言う状況が一番まずい。なんとしても初太刀で
四兄弟の一人ぐらいは倒したい。それまではせいぜい油断させておきたい。
一人でも倒せば後はすぐ決戦になるはずだ」
「………」
「と言うわけでそれまで遊んでいようぜ」
「わたしはやめとく」
「なんでだよ」
「別に私が呼ばれた訳じゃないし。私だってもう少し気安くしてみようか、
とか思ったけど……もう教室じゃ誰も話しかけてこない雰囲気になっちゃっ
てるから、私はそれで通す」
「……なるほど」
要するに既にクラスでは孤立しているわけだ。確かに、転校したてでは上手く
うち解けられないで孤立してしまう生徒だって別に珍しくない。それなら
それで通した方がいいだろう。
「まあそれなら仕方ないな」
……


イチハン前では既に二人がちょっとおしゃれして待っていた。
俺もそれなりに今風の私服に着替えてきた。
普段持っている服は暗殺用の黒タイツだしな。今も服の下に着ているわけだが。
「遅ーい!」
「帰ってからすぐ来たぞ」
「嘘でしょう」
「はあ。妹を誘ったんだが来たくないとかごねてな」
「ああ、零未ちゃん。あの綺麗な子」
「綺麗かどうかはしらんが零未ちゃんだ」
「まあとりあえず来なくて良かったかな?」
「何だ、怪しいところに行く気か」
「まさか。さ、いきましょ」
俺達三人は郁美を中心に並んで歩く。会話はもっぱらおれと郁美の間で
かわされ、たまに郁美が穂積に話しかけると穂積が面食らって答える
とか、そんな感じだ。
「何かお前が真ん中にいるとおれと杉田さんが全然話せないな。
ちょっとあっち行け」
「う、なによ!」
「杉田さんは買うCDは決まってるの?」
「え、あ、う……」
何もそんなうろたえなくても。
「あら、決まってるでしょ?」
「やかましい。お前がマシンガンのようにしゃべるから杉田さんが
話せなくなったんじゃないか」
「そ、そんなことないよ。郁美ちゃんは悪くないよ……わたしが、悪いの」
「別に悪いとはいってな…言ったか。でも思ってないよ。ゆっくり話せば良いよ」
「……うん……」
シン、と、それから、沈黙が訪れる。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「あ…」
穂積が口を開こうとした瞬間、
「うあああっっ何なのよこの沈黙はああああ!!」
郁実が絶叫した。
「黙れ馬鹿者!」
俺はあきれて郁実を怒鳴る。
「馬鹿と言うな!」
「じゃあたわけか、うつけか、おろかものか!好きなように呼んでやるから言って見ろ!」
「全部ちゃうわ!」

そんなこんなでCDショップ。
余り応答は無いが穂積さんに少し話しかける。
こっちに来てまだ二週間程度だが、それで得た音楽の知識を話す。
まあよくわからないから教えて欲しい風に。
残念ながら穂積は俺より音楽の知識に乏しかった。
「じゃあ郁美に言われて買いに来たんだ」
「う、うん……」
「まあ良いんじゃないかな。音楽は人の心を豊かにするそうだから」
……ふと気付く。この言い方は誤解されるか……?
「あ、これは別に杉田さんが乏しい心の持ち主だと言っている訳じゃなくて
一般論の話だから。俺、音楽の良いところってあんまりわかんないから
つい、ね」
「クス……わかってます」
少し受けた。
「なーにいい雰囲気つくってんのよ!」
郁美が湧いて出てきた。
「お前には静かにしているだろう。じっくり選べ」
「もう選んで買ってきたわよ。はい、穂積の」
「お、お前のおごりなのか。珍しいこともあるものだ。つうか選ばせてやれよ」
「何よ!わたしの選曲センスにケチを付ける気!?」
「あ、でも、わたし、何もわからないから……」
「郁美のセンスだと般若心経とか渡してウケを狙いそうだ」
「んなCDあるか!」
「あるぞ。チェック済みだ」
俺は棚の一箇所を指さす。
「……ホントだ。よし、あんたこれを買いなさい」
「何が悲しくて般若心経などをきかねばならんのだ」
真言には魔を払う力があると言うのに。
肩をすくめつつ、後に飯屋へ。デパート内のレストランに行く。
「もしかして俺を財布のつもりで連れてきたのか」
「当たり前じゃない」
財布の中身には普通の学生とは比較にならない額が入っているが。
まあマンションに兄弟で暮らしている設定だ。金持ちでも不思議では
無いだろう。しかし……
「なぜ貴様におごらねばならんのだ」
「あんたねえ。こんなかわいい子を二人も連れ回せたのよ。
それっくらい当然の税金でしょ?」
「こんなかわいい子にも連れ回したにも異議を申し立てたい」
「なんですってええええ!穂積のことをかわいくないなんて!」
「おめでたいなお前……」
思わず吹き出しかけたのをこらえて、はあ。っとため息。
「まあいいぞ。少しぐらい恵んでやってもな」
「きい! 何よその言いぐさ! 結構よ! 今日はわたしがおごってやる気
だったから!」
「何だ。それなら初めからそう言え」
……なんだか周囲の目が厳しくなった気がする。
こういうときは男が払うものなのだろう。そりゃ俺だって大人の設定だったらおごる。
しかし仕事を持っている男ならともかく、学生が親の金を使っておごってやって良いのか?
ああ、普通の学生はバイトをしているから良いのか。
しかし俺はバイトをしていない設定だし……何言い訳しているんだ。
しかも自分に向かって。
思わずぷっと苦笑する。
その後歓談しつつ、飯を食う。席を立つときにレシートを持っていこうかと
思ったが郁美に素早く取られてしまった。まあいいか。

「じゃあ次は何処に行こうか」
郁実がそう言って笑いかけてきた。
「なんだ、まだいくのか……」
あきれつつも、付き合ってやろうかと思って振り返る。

その時。
俺の目は町のある一点に引きつけられた。
「あ、悪い…もう時間だ」
「時間? 何の?」
郁実はきょとんとして聞き返してくる。
「約束があったんだよ。前からの何だ。……だいたいCD買いに行くだけって
話だったろ」
「ふうん。そっか…いいよ。じゃあ、また明日ね」
郁実は笑顔で手を振る。
「また明日…」
穂積がはにかんだ笑顔で手を振る。
「ああ、また明日」
俺も、笑顔で手を振った。俺の胸の中には一抹の寂しさがよぎっていた。
俺は二人に背を向けると、人混みを縫うように歩き出す。
ふと振り返る。
人混みに隠れて、二人の姿はすぐに見えなくなった。
それはまるで日常が消え去るように。
……いや、消え去ったのは非日常の方か。

再び前を向く。
何かに心臓を捕まれる。
血流が激しくなる。
意識が、ただ一点に集中していく。もう既に、先ほど感じた寂しさは跡形もなく
消え去っていた。
……ああ。
喜びが全身に満ちてくる。
獲物を見つけたという、狩猟者の悦びに………。
足先から脳天までが非日常に染まり――
俺の日常に帰ってきた。

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