0.プロローグ

闇の殺し屋、玖能―――
人にして人にあらざる者。人の皮を被った鬼。そう言った者を見つけだし、殺す。
玖能はそれを生業にして来た一族であった。

中でも日沖は若年ながら最強の殺し手と呼ばれていた。
玖能の長年の宿敵、時妙一族。その潜伏先が原野市であることが判明した。
そこで日沖ら4人の精鋭部隊が、原野学園に侵入した。目的は時妙一族を
見つけだし、狩り出すことである。しかし……。


風がそよぎ、木々が鳴る。青く晴れた空。雲が流れる。
俺は「妹」の零未と共に、木漏れ日の中学校に向かっていた。
「ふわあ……今日もいい天気だなあ」
俺はあくびをしながら零未に話しかける。
「何しているの、日沖」
それに、零未の冷ややかな声が答える。
「朝の深呼吸だよ。零未もやって見ろ。気持ちいいぞ」
「結構です。ばかばかしい」
全く冷ややかだ。しかし俺はそれを無視して続ける。
「こっちは空気がおいしいよねえ」
「あんたねえ……」
零未がじっとりとした目でにらんでくる。
それも無視して、昨日のテレビで聞いた流行曲を鼻歌で歌いながら、歩く。
やがて校舎が見えてくる。
そのとき、ばたばたと足音をたてて背後から近づいてくる者が居る。
しかし特にそれに構う気にはなれず、のろのろと歩き続けた。
ドスドスドス…
足音が大きくなる。やむ気配がない。
「うおおお〜〜っす!」
ぱこーん……!
そいつに、後ろから後頭部を強くはたかれた。
「よー日沖!朝っぱらからご機嫌じゃねえか!なんかあったのか?」
「くっ誠三……」
俺の頭を叩いて前に駆け抜けていったのは、クラスメイトの生田誠三だ。
元気のよいいたずら者。まあ標準的な男子学生。席が近いことから、親しくなった。
怒鳴り散らそうとして、ふと考える。このバカは怒鳴ったくらいじゃダメだ。
俺は白い歯を見せてさわやかに笑いながらこう言った。
「……はは。生田君。君という素晴らしい級友に出会えたから
嬉しいに決まっているじゃないか」
「……」
「……」
「ぐおっ、と、鳥肌が…!」
生田が悶えて倒れる。
「ぐはっしまった、これは自爆攻撃だった…」
俺も同じように悶え苦しんだ。
二人で校舎前で転がり、周囲の目も気にせずしばらくのたうち回っていた。
「に、兄さん。ちょっと来て!」
……というバカやっている俺は、不機嫌そうな顔をした零未に引っ張り起こされた。
「れ、零未チャ〜ン、おはよう…」
生田は悶えながらも頭を起こし、挨拶をする。
「ええ、おはよう」
零未はにっこりと作り笑いで答えると俺を引きずっていった。
俺たちはそのまま階段を上り……

そして屋上。
周囲に人の気配はない。大きな声を出すと周囲に流れる心配があるが…
普通の声であれば人に聞かれる心配はない。
そこで、二人で決闘するかのように向かい合って対峙する。
「なんだこんなところまで連れてきて。愛の告白か」
そう言うと、零未はとたんに真っ赤になった。
「ば、ばか!ふざけないで!……日沖!あなたどこまで気を抜いたら
気が済むんですか!」
零未はかなり激昂している。今の冗談が火に油を注いだらしい。
「気を抜いたら気が済むって変な言葉だな」
俺はあきれたように目線を逸らした。
俺の気の抜けた動作に、零未も少し毒気を抜かれたように、すこし落ち着いた。
当然怒りは収まらない様子だが。
「さっきのはなに。生田君が奇声を発しながら近寄ってきたのにも
気付かないなんて……あれが「奴ら」だったら一体どうする気だったの!?」
零未の見当はずれな指摘。思わず吹き出してしまう。
「おいおい、俺に「そいつ」に気付くなと言う方が無理だぞ」
「どうだか。そんなことで目的を達成できると思ってるの?」
推測はついていたが……零未は俺の態度がふざけているように見えて、
そのことについて文句を言っているらしい。
ま、それについてはこちらとしても反論がある。
「あのなあ……。俺達はこの普通の人間の生徒として学校に転校してきた。
だろ? むしろお前のほうが問題だぞ」
逆に指摘してやると、零未は鼻白んだ。
「そんなことないわ。わたしはちゃんとやってます」
「そうか? 友達はできたか?携帯見してみ」
「あ……」
俺は零未の懐に手を突っ込み、携帯を抜き出した。そしてメモリの中身を見る。
一番上は俺。次は紫乃、次は輪音。それだけ。
「まずいだろこれは。俺は良いけど、何でこの二人が入ってるんだ」
そう指摘されて、零未はまずった、というような顔を浮かべた。すっかり
攻守逆転だな。
「じゃ、じゃあメモリから抜くわよ」
「抜いてどうする。それこそ本末転倒だ。俺はちゃんと正規の方法でゲットしたぞ」
「ど、どうやって」
「生田に聞いた。大枚はたいたが」
「どうして生田君が彼女の電話番号を知っているの?」
「それが奴のライフワークなのさ」
「だからどうして……」
「女友達のネットワークを伝ったんだろう。奴は顔が広いからな」
「どうやって聞いたの? 不自然じゃない。日沖と紫乃のどこに接点が……」
「男が美人に興味を持つのは別に不思議ではないようだぞ」
「あーそうですか」
零未ははあ、とため息をついた。
「とにかく……探索が終わるまで周囲に怪しまれないようにしていなきゃならん」
「そうだけど、目立つのは……」
「こんな校舎の屋上で密談している方がよっぽど怪しいと思おうがな。
普通にしているのが一番目立たないんだ。良く周りを見てみろ。みんな
適当にしゃべって適当に合わせているだろう。俺だって多少ふざけていたが
ごく標準的な高校生男子の態度だったと思うぞ」
「……わかったわよ!」
零未は腹を立てて降りていった。って、俺も降りなければ。

そして、ぎりぎりに教室に到着する。教室では既にほぼ全員がそろっており、
おのおの雑談に興じているようだった。
「おーっす日沖。今日も遅いわね」
「まにあっているじゃないか」
本山郁実が話しかけてきた。隣の席の女子だ。勝ち気で男女分け隔て無く話し、
すぐに手が出る乱暴者。
「おはよう、桐谷君」
「おはよう竹川」
竹川豊……大人しい生徒。なよなよした女みたいないじめられっ子タイプ。
生田にもてあそばれておどおどしている。
郁実の親友の杉田穂積さんが何か言いたげにこっちを見ている。
「おはよう、杉田さん」
「う……うん。おはよう」
大人しくて引っ込み思案な女子だ。
ガラ……そこへ、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
「おはよう愚民諸君。今日もすがすがしい朝だな。
ふあーっはっはっは!」
「よう金田。今日も頭が軽そうだな」
「な、なにを!き、きさまっ」
金田政夫。金持ちを鼻にかけるイヤな奴だが基本的に間抜けなので
割と嫌われていない。
これに生田を加えたのが、クラス内で俺が主に話をする連中だった。
やがて教師も来て授業が始まる。

眠くなる教師の授業を聞きながら、ぼんやりと考え事をする。
授業の内容は生きることとも殺すこととも関係のない無駄な知識。
無駄な知識を蓄えることというのは案外楽しいものだ。
零未には潜伏するためだ、とか何とか言ったが……
一般人に混じって意味のない下らないことをする。それは俺にとっては
実に新鮮で、こんな世界があるのか、という驚きがあった。
殺すこと、殺されることと全く無縁の平安で退屈な世界が………。


桐谷というのは偽名である。鬼狩り、玖能。それが俺達の一族の呼び名だ。
ほとんどの人間達はこの世界を支配しているのは人間だけだと思いこんでいる。
しかし、実はそうではない。人間達に混じって、人間を超越した人外の存在が
潜んでいる。
人外の者とは何か。
人外の者は、その姿は人間と何ら変わらない。変わる者もいるが、大抵が
カモフラージュしているため、やはり全く変わらない姿にしか見えない。
でありながら、人間よりも遙かに強靱な筋力と、不可思議な特殊能力を持つ。
最大の特徴は、その食料。人間がとる通常の食料を摂取することもできるが、
最も重要なものが、生気を吸収することである。
生気とは、まさに命のこと。つまり、人間を含む普通の生命は死骸を焼いて食っても
十分なエネルギーを吸収できるが、人外のものは直接命を奪って食わなければ
十分なエネルギーを吸収することができないのだ。
これはネズミの命でも牛の命でも構わない。しかし、全ての生き物の中で最高の
生気を持つのは人間である。
その為、人外の者は長らく人間の敵として存在していた。
各地に残る鬼、怪物、悪魔……そのように伝説を残して、人間と人外は争い
続けていた。
俺たち玖能は、そうした人でありながら人でない者。人の皮を被った鬼。
そう言った連中を見つけだして、狩る。その為の専門家だ。

そうすることによって、この玖能という一族は生きることを許されている。
なぜなら俺たち玖能もまた人外の者だから。

人外の者達と人間との争いは太古の昔からあった。
当然だ。自分たちを食おうとする人外と、人間が共存などできるはずがない。
互いに相容れない存在だ。
力は圧倒的に人外の者のほうが上。現代最新の近代兵器でも対抗できない
ような化け物もぞろぞろいた。
にもかかわらず、現在この地上は人間の天下となっている。
人間はその知恵で、旺盛な繁殖力で、徐々に人外の者をうち倒して追いつめて
行ったのだ。
人外の者達は、人間の姿をとり、人間の中に隠れることで細々と生き延びた。
人外の者達は目立たず、闇に紛れて、その命を長らえてきたのだ。
だが玖能は違った。玖能は光の下に出てきた。
その為にとった方法が、人外の者を狩り殺すということであった。
そして人外の中で玖能だけが人間に受け入れられることに成功した。
それから千年以上たった今でも、政治の中枢に組み込まれるほど
入り込んでいるのだから。

今回玖能が動いたことも公安組織からの依頼だった。
とある犯罪を追っていた内調の人間が力で消された。
その公安の人間はこの町に潜伏しているらしい人外の者を追っていた。
情報はそれだけの不確かな物だった。
その程度の情報で玖能が動いたのは、それが宿敵時砂の一族だったからだ。

時砂の一族はかつて強大な権力を誇った種族だった。
時砂は人間も、他の種族をも圧倒する力を持っていたのだ。
玖能と時砂の因縁は玖能が鬼狩りを始める遙か前に始まった。
圧倒的な力を持つ時砂が、組織力に勝り勢力を伸ばしつつあった玖能
を早めに叩こうと攻撃したのだ。(玖能が先に反旗を翻したという説もある。
まあどうでも良いことだ)
しかし、このときは玖能は圧倒的に敗北し、弱体化した。
弱体化した人外では、人間に真正面から対抗することは難しい。
その為、人外であることを隠し、人間の中に紛れ込むことを選ぶ。
しかし玖能は別のことを考えた。それが人間に味方をすることで人間を味方に
付けるという方法だった。
そしてこれが大当たりだった。なんと言っても時流は人間の物だった。
玖能は再び力を付け、そして人間を味方に付け、弱体化しつつあった時砂に
逆襲した。
玖能は何とかこの戦いに勝ち、人外の血族としてかろうじて命脈を保ち、
今日の繁栄をつかんだわけだ。
このように、上手く人間社会にとけ込み、権力を握った血族は、現在も
命脈を保ち続けている。
そして、強大な力を誇った時砂一族は、一族としての命脈を断たれた。
しかし、全滅したわけではない。
生き残った時砂の者は闇に紛れ、時折人に牙を剥く。
その強大な力は闇に潜む多くの鬼族の中でも最もたちの悪い物と認識されている。
しかし長い年月で時砂の残党狩りが繰り返され、現在認識されている時砂の者は
わずか四人、四兄弟と呼ばれている。
今回はその時砂がこの町のこの学校に潜伏して何かをしようとしている可能性が
あるのだ。
しかし、それが誰かはわからない。

このような雲をつかむような話であるため、玖能としても長期間拘束されることを
覚悟している。そこで、少数ながらも精鋭である俺たち四人が送り込んだ。
零未は玖能で屈指の強い能力を持っている。
輪音は玖能と、退魔能力を持つ宗祇家との混血で、魔の力を持ちながら退魔能力を
併せ持つ期待の星である。
紫乃も玖能標準以上の能力者だ。何より情報収集能力に長けている。
そして俺は玖能で最高の殺し手といわれている。
まず紫乃が入り込み、その一月後輪音が一年生として入学し、さらに一月後俺と
零未が入ってきた。
紫乃が二ヶ月半、玲音が一月半、そして俺達が半月。それだけ探し回って
具体的なものは何も見つけられない。
行方不明者の数だけが、不気味にゆっくりと増えて行っている。
玖能のいらだちは強まるばかりだった。

……まあ、俺にとっては学園生活が存外楽しかったりするというのはさっきも
述べたと思うが……。
やっている最中にのんびり考え事ができる「勉強」なんてあり得なかった。
気を抜けば即死というぎりぎりの「修行」に明け暮れていたのだから……。

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